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五音(ごいん)

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浄土真宗の根本経典である『仏説無量寿経』には、西方極楽世界つまり、阿弥陀仏の浄土の荘厳(風景)について詳しく説き述べられています。その中、浄土に響き渡る音楽についての描写が多くあり、極楽が如何に音楽で満ちあふれているかを知ることができます。

例えば、金・銀・瑠璃(るり)・玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・珊瑚(さんご)・碼碯(めのう)の七宝でできた宝樹(ほうじゅ)が整然と並び、そこへ清らかな風が吹き、幹、枝、葉、花、実が互いに触れあい、妙なる音楽が生まれ響き渡ります。その様子を経典には「清風、時に発(おこ)りて五つの音声(おんじょう)を出す。微妙(みみょう)にして宮商(きゅうしょう)、自然(じねん)にあひ和す。」と説かれます。この宮や商とは、洋楽のドやレの様な音階を示すもので、それらが人間の世界では不協音、雑音としか聞こえないのですが、極楽では法を伝える和音、法音として響き渡っているというのです。

さて、ここに説き示されていた「五つの音声」これが五音(ごいん)と呼ばれるもので、ここには宮と商のみがでていますが、つぶさには宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)の五種の音の総称であります。この五音とは、聲明(古典的仏教音楽)で用いられる音階名であり、一オクターブを五つに分け、それぞれを宮・商・角・徴・羽と名づけています。つまり宮→商→角→徴→羽と音を上げて行き、もう一つ上げると一オクターブ上の宮となるのです。

この「五音」には、それぞれ特徴があります。まず、宮と徴は安定した音位で楽曲の主音となるものです。商と羽は、塩梅音(えんばいおん)と呼ばれ不安定な音位なのですが、旋律の進行の中で微妙にその音位が変化し、それにより聲明独特の幽玄味が出てくるのです。角はその楽曲が呂曲(洋楽の短調に似る)であるか、律曲(洋楽の長調に似る)であるかを決定する音位となります。このように五音は、聲明の最も基本的な要素として重要な意味を持っています。この五音のような音階標記は洋楽には存在せず聲明独特のもので、これにより洋楽では表すことのできない仏教儀礼独特の雰囲気が醸し出されるのです。

ところで、宮と商の関係は、例えばハ長調で言えばドとレや、レとミ等の関係になります。オルガンがあれば、ドとレや、レとミを同時に弾いてみてください。不協和ですから濁った音が聞こえてきます。ちなみにドとソを同時に弾いてみてください。きれいな協和音として聞こえてきます。つまり宮と商の関係は、不協和音として相容れない音階なのです。これは、人間の世界によくあるそりの合わない人との間に生じる不協和音に譬えることができます。その程度にもよるでしょうが、好ましく思っていない人と会っていかなくてはならないことは辛いものです。四苦八苦の「怨憎会苦」ですね。会えば不協和音が出てしまう…。しかし、極楽ではそれが不協和音にならないのです。上に記しましてように「微妙にして宮商、自然にあひ和す」なのです。

親鸞聖人の『浄土和讃』には、

清風宝樹をふくときは いつゝの音声いたしつゝ

宮商和して自然なり  清浄勲を礼すへし

と示されています。

私たちの世界は、十人十色、五人五色。五つの音色(個性)を発しながら、ぶつかったり、離れたり、「宮商和して自然なり」とはなりません。しかし、そうならないながらでも、極楽をお手本とする人生を目指したいものです。そこにきっと、自己中心的ではない心豊かな人生が展開してゆくことでしょう。