| 学びのよろこび |
ここでは卒業生の方の学ぶことの難しさや辛さ、スクーリングや学習会での学びの友との出会い、
卒業の喜びなどの思い出をつづっていただいた原稿の中から掲載させていただきました。
【東京都 土岐良江】
夫を亡くした縁で通信教育を受講しました。
在学中は法友と一緒にみ教えを学び、
阿弥陀さまのお心にふれさせて頂いたことは、誠に有り難いことでした。
卒業後、仏教讃歌を歌っていくことが私のできる伝道と考え、
同級生とともに学院やつどい学習会、
スクーリングの全会場を巡りながら歌わせて頂きました。
北海道から九州まで皆さんから温かく迎えられ、多くの方々との御縁を頂き有り難い日々でした。
また、学院の校歌を歌ってほしいというお話を頂き録音しましたところ、
全日制の勤行実習開始の合図として毎朝、放送されていたということです。
私が初めて仏教讃歌を歌ったときは、仏さまのお心が伝わってくるような、
しみじみとした温かい感じを覚えました。
その感動を御同朋とともに味わうことのできる御縁を、これからも大切にしたいと思っています。
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【富山県 高井外次】 思い返してみますと月日の流れは早く、平成10年に満60歳で定年退職を迎え、 ちょうどその頃お寺のご住職から中央仏教学院の通信教育があることを聞き、 まず学習課程で4年間、続いて専修課程で3年間お世話になりました。 いずれも理解が不十分なままで卒業してしまった感じが拭いきれず、 平成18年度の入門課程にご縁を持たせていただきました。 入門課程のテキストを読み最初に感じたことは、 「学習課程・専修課程の内容がこの2冊に凝縮されている」と思ったことでした。 入門課程に入学させていただいて本当に良かったとあらためて実感しています。 しかし、仏教に対する理解が不十分であることには変わりはありません。 益々聞法の必要性を感じています。 今後とも有縁の方々との聞法・勉強を続けていきたいと思っています。 |
| 【滋賀県 花房千賀子】 「寺に生まれさせていただいたご縁に得度を受けようかと思う」。そう話したとき、 父に勧められたのが通信教育でした。 そして軽い気持ちで専修課程に入学したのです。 学びだしてすぐに、自分が仏教や真宗の教えにいかに無知であったか、 にもかかわらずいかに思い上がっていたかを思い知らされました。 勤務の関係でつどいや学習会に参加できず、 勉強はテキストとCDそしてスクーリングが頼りでした。 でも、睡魔には勝てず学習が遅々として進まない日々もありました。 知らなかったことを学ぶ楽しさと同時に、 テキストの内容が理解出来ないはがゆさや焦りを感じることも多かったのです。 昨年の1月、御正忌報恩講にお参りする機会に恵まれました。その荘厳さに感動し、 こんな私であっても救ってくださる阿弥陀如来のみ心の有り難さに気付かせていただけたのは、 通信教育のお陰です。3年間学ばせていただけたことに心から感謝しています。 |
【京都府 名種木乃実】
3年前、通信教育を学び始めた頃は、まるで歴史の勉強でもしているかのような感覚でした。
「一切の衆生」とか、「煩悩具足の凡夫」とか言われても、
それはどこか他人事でただ頭で言葉を受け取っているだけでした。
ところが、いつどうしてかはよく分からないのですが、
「煩悩具足の凡夫」とはこの私自身であったと気づかされた時、
阿弥陀如来の光明に私も間違いなく照らされている、いや、
このどうしようもない私のためにご苦労くださったんだと思うと、
大袈裟なようですが世界がスッと明るくなり、
何とも嬉しくてうれしくてたまらない気持ちになりました。
通信教育の3年間のなかで、親鸞聖人のみ教えを学ばせていただいたことで、
ナンマンダブツのお喚び声にただただ申し訳ないなあ、有り難いなあと思うばかりの私です。
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